ビゼー 2
この「交響曲第一番」は、ビゼーが、まだ、パリ音楽院に在学中のころの作品で、1955年(17歳)の10月29日に着手され、約1か月後に完成している。
しかし、その後、忘れ去られてしまい、パリ音楽院の図書館から草稿が発見されたのは、ビゼーが世を去ってから60年後の1935年のことである。
そして、その年の2月26日に、スイスのバーゼルで、大指揮者のワインガルトナーの棒で初演された。
ビゼーの習作的な作品なので、作曲技法は未熟だが、全体に生命力にあふれた、素朴な美しさは、さすがビゼー特有のもので、とくに第二楽章の南欧的情緒はすばらしいものである。